カスハラとは、カスタマーハラスメントの略で、顧客が不当なサービスを要求したり、度を超したクレームを発するなどの行為を指します。これまで顧客から理不尽なカスハラに苦慮した経験があるかもしれません。
ただ「そのうち治まるだろう」「担当者に任せておけばいい」と見過ごすわけにはいきません。カスハラに対処し、社員を守る義務が会社にはあります。しかしカスハラ対応といわれても、何から手を付ければいいか悩むところでしょう。
この記事ではカスハラ対応に悩む方に向け以下の内容をお伝えします。
- どのようなカスハラ対応があるか
- 対応を取る際に必要な事項
- カスハラの現状や原因
- カスハラへの対応は会社の義務
- カスハラの事実確認や証拠収集などの対応をとる
- 対応の前提としてカスハラする人物の背景を知る必要がある
目次
カスハラに対する事業主の義務
会社はカスハラから社員を守る義務があります。
社員と雇用契約を締結すると、会社は社員が健康で安心して働ける職場づくりに取り組まなければなりません。カスハラ対応も取り組みの一つで、被害にあった従業員への配慮や被害の防止が求められます。
もし対応を怠れば会社は労働者から訴えられ、損害賠償を請求される可能性もあります。その意味でも今やカスハラ対策は企業が避けることができない雇用者対策とも言えるでしょう。
カスハラへの具体的な対応
1.事実確認
顧客のクレームがカスハラに該当するかを判断するために事実確認を行います。
対応した社員に以下のような事項を聞き取り、対象の行為がカスハラにあたるかを判断しましょう。
- 日時や場所
- 対応したのは自分一人か?別の人間はいたか?
- 顧客の主張
- こちら側の対応
- どのような態度を取られたか、暴言や大声での威嚇、暴力などがなかったか
2.証拠の収集
ハラスメントを受けた社員や、現場に立ち会っていた社員がいれば証言を記録します。
またクレームをいれている時の模様が防犯カメラに録画されていないかをチェックしてください。電話の場合はクレームを入れてきた際の会話内容も録音します。
もし暴行を受けた場合は傷の具合を撮影しておき、診断書を取っておきましょう。
なお、録画や録音は相手の承諾なしに行えますが、万全を期す意味で「お客様対応の品質向上の為やりとりを記録させていただきます」と一言添えておけばいいでしょう。記録を残すと伝えることで相手の行動をけん制する効果も期待できます。
3.誠意ある対応と毅然とした態度を使い分ける
顧客からのクレームがすべてカスハラであるとは限りません。もしクレームが妥当な場合は誠意ある対応は当然です。逆にこちら側に非がない場合は、過度な低姿勢やあいまいな態度が、カスハラする人間につけこむ隙を与えてしまいます。
相手の主張や行為がカスハラに該当するかを、社員一人ひとりが客観的に判断できるようにする体制が重要です。そのためには、カスハラに該当する行為をまとめたマニュアルを会社内で整備するなどの対応が必要となります。
4.法的手段の検討
カスハラの程度によっては、刑法上の犯罪や民法上の不法行為に該当する場合があります。
暴力や暴言を受けた場合や何度も同じ要求を繰り返す、長時間にわたって居座るなどによって業務が妨害された場合は違法行為です。警察を呼ぶ、裁判所に提訴するなどの法的手段を検討しましょう。
カスハラに対応するために必要な準備
カスハラする人間の背景や動機を知る
カスハラに対応するためには相手の背景や動機を知ることが不可欠です。カスハラする人物の背景や動機はそれぞれ異なります。
例えば離婚したばかりだったり、失業したなど自分の境遇に不満があり、うっぷんを晴らしたいというケースがあります。この場合では会社内の対応で済む場合がほとんどでしょう。
一方、相手がカスハラの常習犯や反社会的な人物だった場合などは、要求そのものが不当なケースや金銭の要求が目的である可能性が考えられます。
この場合には法的手段を含めた対応も検討せざるを得ません。このように背景や動機の把握は、カスハラ対応の第一歩といえます。
背景を調査するためには
背景の調査は、時間や手間に加え、技術や経験が必要になります。自社で難しい場合は調査のプロである探偵に任せるという方法もあります。次項では探偵の調査方法を紹介します。
探偵の調査とは
カスハラする人物の背景調査で、探偵は対象者や関係者、その周辺人物に対する聞き込みを行うことがあります。
聞きこむ相手に不審に思われないよう、質問しても不自然ではないストーリーや役柄を設定し、その人物になりきって秘密裏に相手から話を聞き出す手法もあれば、あえて探偵を名乗って聞き込みを行うこともあります。
聞き込む相手や、聞きたいことにより手法は変わってきますが、第三者からの情報や証言は、相手を知るために非常に重要なポイントとなってきます。
また、カスハラを行う人物を直接尾行して、交友関係、交際相手や就業先、関係者や接触者などから、その人物の行動パターンや属性を判断することができます。中には反社会的な関りを持つ危険な人物という可能性もありますので、今後の対応を考えるうえで重要な調査手法と言えます。
そして、カスハラに対応するためには、背景の理解だけでなくカスハラの現状やタイプ、原因などについても理解しておく必要があります。以下ではカスハラに関して知っておくべき情報をお伝えします。
カスハラのタイプ
2022年2月に厚生労働省が公表した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」では、カスハラを以下のように考えています。
「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」
「顧客等の要求の内容が妥当性」を欠く場合とは
要求そのものが不当である場合
- 企業の提供する商品・サービスに瑕疵・過失が 認められない場合
- 要求の内容が、企業の提供する商品・サービス の内容とは関係がない場合
「要求を実現する為の手段・態様が社会通念上不相当な言動」とは
要求内容は妥当だが、方法や手段が不当とされる可能性が高いもの
- 身体的な攻撃(暴行、傷害)
- 精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉棄損、侮辱、暴言)
- 威圧的な態度
- 土下座の要求
- 継続的な(繰り返される)、執拗な(しつこい)言動
- 拘束的な行動(不退去、居眠り、監禁)
- 差別的な行動
- 性的な言動
- 従業員個人への攻撃、要求(要求内容の妥当性に照らして不相当とされる場合があるもの)
- 商品交換の要求
- 金銭補償の要求
- 謝罪の要求(土下座を除く)
カスハラの現状
カスハラに関する調査を見てみると、被害は依然として高い水準を保っているといえます。
具体的な調査結果は以下のとおりです。
UAゼンセンの「悪質クレーム対策(迷惑行為)アンケート調査結果」
2020年に労働組合のUAゼンセンが組合員に対してアンケートを行い、「悪質クレーム対惑行為)アンケート調査結果」を発表しました。
結果によると、調査前の2年間で56.7%が迷惑行為の被害にあったと回答しています。
また直近2年間で迷惑行為が増えているかとの質問には「増えている」と回答した人が46.5%、変わらないと回答した人が25.7%に達しました。
ちなみに、UAゼンセンとは食品、流通、レジャー・サービス、外食など国民生活に関連する産業の労働組合です。
参考:「悪質クレーム対策(迷惑行為)アンケート調査結果 ~サービスする側、受ける側が共に尊重される社会をめざして~ UAゼンセン調査」
エス・ピー・ネットワークのカスタマーハラスメントに関する調査
株式会社エス・ピー・ネットワークが2023年7月に行った調査でも調査直近1年間で64.5%がカスハラ被害を受けたと回答しました。
カスハラしてくる性別や年代を尋ねたところ、81.1%が男性で、年代では50歳代が40.6%、40歳代が22.3%、60歳代が17.2%と中高年が約8割を占めています。
いずれの調査結果でもカスハラを受けた労働者が半数を超えています。カスハラは依然として深刻な問題といえるでしょう。
参考:「【カスタマーハラスメント実態調査(2023年)】 直近1年間でカスハラを受けたことがある担当者は64.5%」
カスハラの原因
1.日本の「おもてなし精神」や「顧客第一主義」
おもてなしや顧客第一主義が、誤って理解されていることが原因とされています。
相手を思ってサービスする日本の「おもてなし」は世界に誇れる素晴らしい文化です。しかし行き過ぎも見受けられ「客なのだからもてなされて当然だ」「客なのだから何をしても構わない」といった間違って解釈する人もおり、それがカスハラへとつながります。
2.年功序列の弊害
年上を敬わなければならないという年功序列の考え方も原因の一つです。
前述したエス・ピー・ネットワークの調査で、カスハラする年代は中高年が8割との結果でした。
中高年になると接客する人の大半は自分より年下です。対応する人が年下の場合、自分は客であり年上だとの意識から「自分の方が偉い」という思考に陥りがちです。また中高年の人たちは「縦社会」を過ごしてきた世代です。
叱られても口答えせずただ黙って耐えていなければならなかったため、相手にもその態度を求めます。下だと思っている人間から自分にとって気に入らない対応を受けると、腹に据えかねてカスハラにつながるケースがあります。
3.高齢化による自制心の衰え
年齢を重ねると脳の機能が衰え、怒りの抑制が若いころより難しくなるのも原因といわれています。
人間の「怒り」を抑制するのは脳内の「前頭葉」です。しかし前頭葉は加齢により機能が低下し、感情を抑制する機能が衰えます。抑制が衰え「怒り」を抑えにくくなるため、カスハラにつながりやすいと考えられます。
4.クレームへの抵抗感の低下
クレームへの抵抗が薄くなったことも原因の一つです。
X(旧ツイッター)やYouTubeなどのSNSが普及し、他人のトラブルやクレームをつける場面を目にする機会が増えてきました。他人の批判やクレームに触れることにより影響を受け、クレームを入れるハードルが下がりやすくなったと考えられています。
カスハラの相談窓口
事業主は社員からカスハラの相談を受けた場合、必要な対応を取らなければなりません。
ただ、会社の規模や体制によっては社内での対応が不十分で難しい場合もあります。その場合は以下のサイトや機関で対応を検討・相談できます。
「こころの耳」は、厚生労働省が運営するインターネットによる情報提供サイトです。
働く人のためのメンタルヘルスをサポートします。サイトによる情報だけでなく、電話やSNS、メールでも相談を受け付けています。
「産業保健総合支援センター」は、カスハラ対策をはじめとする産業保健に関して、窓口や電話、メールで相談に応じたり、情報の提供を行ったりしています。
同センターは全国47の都道府県に設置されています。
東京都では、カスタマーハラスメント対策を行うための特別相談窓口や専門家の派遣、カスハラに関するセミナーを開催しています。
まとめ
ここまでお伝えしたカスハラの対応策には、情報収集や状況に応じた対応の使い分け、法的手段の検討が挙げられます。
また対応策の前提は「カスハラする人間の背景や動機を知る」ということです。カスハラ自体を無くすということは難しいかもしれません。どこにでもハラスメントを行う人間は存在するからです。
しかし、企業として社員を守る体制を整えておく必要があります。世間や社員はカスハラが起こることよりも、会社がカスハラから守ってくれないということを問題視しています。
理不尽なカスハラから社員を守るためにこの記事が参考になっていただければ幸いです。