モンスター社員を退職させるのは簡単なことではありません。
業務命令や指導にさえ応じない彼等が、退職勧奨に合意する可能性は低く、ともすれば訴訟トラブルに発展することも考えられます。
そのリスクは退職勧奨、解雇予告、懲戒解雇と進むにつれて高まりますので、退職勧奨の段階で決着させることが重要です。
そこで本記事では、実際にハウスメーカーのA社に於いて成功を収めた、退職勧奨の事例をご紹介します。
※プライバシー保護のため、事実を一部改変しております。
目次
モンスター社員の認定から処分決定まで
社員Bは、1年前に中途採用された35歳の独身男性です。
選考時の提出書類には、前職について「他県の別メーカーにて住宅営業に従事」と記されており、営業成績や表彰歴など輝かしい実績が詳細に記載されていました。A社はその経歴に期待してBを採用しましたが、Bには大きな問題が隠されていたのです。
最初の疑問点
Bの上司である所長が、最初に疑問を抱いたのは、Bがお客様へ商談を始めたときのことでした。
商談の際、まず世間話で場を和ませるのは営業の定石ですが、Bはそれを一切挟みません。最初から単刀直入に住宅購入を勧めるので、お客様はどうしても警戒してしまいます。それでいて、話はしどろもどろで要領を得ず、簡単な質問にも答えられないのです。
明らかに、営業や住宅の知識に乏しい様子でした。しかし当人はそれを気にする様子はなく、自分の言いたいことだけを伝えるというスタイルは、当然ですがお客様には受け入れられませんでした。
モンスター化のきっかけ
半年後、所長はまだ1件も契約を取れないBを呼び、個別指導を行いました。
集客や商談のノウハウを教えようとするのですが、Bはまったく興味を示しません。
「あのですね、僕は営業経験者ですよ。言われなくても、最初から分かっています」そう言って話を遮るBを、所長はきつく叱りつけました。
Bの態度が豹変したのは、その翌日からです。
問題行動の発覚
最初に、Bは上司や同僚に対し、一切の挨拶をしなくなりました。
住宅展示場のお客様を無視したり、見込客もいないのに遅刻や外出をしたりと、業務中の問題行動も目立ち始めます。
それでいて、いまだに契約は1件も取れません。
所長や先輩社員が注意をすると、睨みつけて暴言を吐くので、営業所の雰囲気も刺々しくなっていきます。
事態を重く見たA社の経営陣は、Bの対応について、処分を前提とした緊急会議を開きました。
退職勧奨の決定
社長と人事部長、直属の上司である営業部長が出席した会議では、Bの業務評価や勤務態度に対する検証が行われました。
能力の著しい不足
- 営業目標があるにもかかわらず、1度も契約を取れていない
- 採用時に提出された職務経歴書の記載内容と、現在の業務での様子が一致していない
勤務態度の著しい問題
- 無断遅刻、明らかな私用外出が多く、規律を乱している
- 住宅展示場でお客様に声をかけられても、無視や案内拒否などの業務放棄が目立つ
職場への悪影響
- 暴言を吐く、睨みつけるなど同僚への威嚇行為がある
- 成績不振や身勝手な言動に対し、同僚から不満の声が噴出している
以上のことから、A社はBをモンスター社員と認定し、退職勧奨が妥当との判断を下しました。
しかし、Bの性格や行動を鑑みると、勧奨理由に対する確固とした証拠を示さない限り、素直に応じるとは考えられません。
そこで、A社はその証拠をつかむため、外部顧問先である探偵社へ調査を依頼しました。
探偵社によるモンスター社員の業務調査
調査依頼を受けた探偵社は、採用時の職務経歴書と現状の乖離に注目し、まずはBの前職についての調査を開始しました。
前職での勤務状況調査
Bの前職として記載されていた、他県ハウスメーカーのC社にて調査を行うと、かつて在籍していたことは事実でした。
しかし、そこでも様々な問題を起こしていたのです。
業務内容の虚偽
C社でも営業職として採用されたBでしたが、その成績は散々たるものでした。
現職同様、まったく契約を取ることができなかったのです。
見切りをつけたC社は、敢えてBを雑用係として屈辱的に扱い、自主退職へ踏み切らせたとのことでした。
学歴詐称
現職であるA社へ提出した履歴書の最終学歴には、国立大学を卒業したと書かれていました。
しかし、C社へは高校卒業として提出していたのです。
その後の裏付け調査により、Bが大学を卒業した事実はなく、A社へ学歴詐称をしていたことが明らかになりました。
元同僚への聞き込み
最後に、C社の元同僚社員への聞き込みを行ったところ、Bはここでもモンスター社員と認識されていました。
同僚への威嚇や暴言だけでなく、お客様への横柄な態度や伝言の未達など、現職同様の問題を起こしていたのです。
Bがお客様を怒らせたせいで、成立しかけた契約が水泡に帰したという元同僚は、A社で解雇トラブルが起きたら自分が証言するとまで申し出ました。
現職での行動確認
C社での調査を終えた探偵社は、現職での調査に移り、業務時間内に外出するBの行動確認を行いました。
すると、Bは堂々とハローワークへ行き、転職先を探していたのです。
更に翌週は、紹介を受けた企業へ面接に行くところも確認できました。
勿論、勤務時間中の転職活動は重大な就業規則違反です。
ここまでの調査を終えた探偵社は、結果を報告書にまとめてA社へ提出しました。
調査報告から退職勧奨の結末まで
調査報告書を受け取ったA社は、再びBの処分を決めるための会議を開き、満場一致で退職勧奨を決定しました。
調査報告内容の検討
報告書に挙げられた問題の中でも、学歴と職務経歴の詐称については、特に悪質な行為と判断されました。
また、勤務時間内に転職活動をしていた事実は、明確な就業規則違反に該当します。
懲戒解雇でもおかしくない行為ではありますが、訴訟トラブルやSNSでの暴走を防ぐため、まずは退職勧奨という選択がなされました。
モンスター社員への退職勧奨
会議での決定を受け、A社が退職勧奨理由としたのは次の項目です。
- 採用時に提出した履歴書の学歴詐称、職務経歴書の業務内容詐称
- 入社以来、1件も契約を取れないほどの能力不足
- 身勝手な言動や周囲への威嚇による、他の社員への悪影響
- 業務時間中の転職活動という重大な就業規則違反
また、実際に退職勧奨を告げる際は、人事部長と営業部長の2名が出席することも決定しました。
会社側の人数が多すぎると、心理的な圧力と捉えられる懸念があったのです。
彼等は退職勧奨理由を書面で共有した上で、Bを会議室へ呼び出しました。
結末
やってきたBに対し、退職勧奨についての説得を担当したのは人事部長です。
著しい能力不足に対し、所長の個別指導にも耳を貸さなかったことなど、企業努力が受け入れられなかった事実から話し始めました。
退職勧奨理由に対し、Bは言い訳や無謀な質問を挟みましたが、プロフェッショナルである探偵社の調査結果にはとても敵いません。
すべてに完璧な回答を返されたBは、A社の退職勧奨を受け入れ、会社を去ることを承諾しました。
まとめ
退職勧奨を通告する際に重要なことは、相手がモンスター社員であっても「これは解雇ではない」という姿勢を明確に示すことです。
たとえば当該社員から「辞めなかったらどうなるのか」と問われ、従わなければ解雇すると答えてしまうと、訴訟トラブルが起きた際に足を掬われてしまいます。
また、その場で即答を求めることも禁物です。
退職をお願いするという姿勢を見せた上で、質問や反論には完璧な答えを返し、当該社員に退職の意思を固めさせることが重要になります。
今回の実例でも、A社はBに対して退職勧奨の姿勢を崩さず、離職票の退職理由も会社都合とすることで同意しました。
一方のBにも、ここまで問題行動や詐称の証拠をつかまれては仕方がない、という諦めの気持ちがあったようです。
モンスター社員への退職勧奨は難しい問題ですが、外部調査も含めた万全の準備を整えることで、穏便に解決できる可能性が高まります。
本記事で取り上げた実例が、問題解決のきっかけになりましたら幸いです。