企業が新たな人材の採用活動をする際に、応募者の詳しい情報を調べることがあります。
こういった採用活動における調査は、「前職調査」と呼ばれます。
応募者の詳しい情報を知ることによって、採用時の判断に役立てることができ、採用後のトラブルも未然に防止することができます。
この記事では、前職調査とはどのようなものか、調べる範囲や違法性について詳しく解説します。
目次
前職調査とは
「前職調査」とは、企業が採用活動において、応募者の経歴や素行などを調査することを指します。
前職調査を行うことによって、採用後のミスマッチを防いだり、トラブルを防止することができます。
その具体的な調査内容には、履歴書や面接で得た「情報の裏付け」「経歴の調査」職務怠慢などの「素行不良の有無」前職での「評判調査」などがあります。
採用活動において、履歴書・職務経歴書といった書類や、面接の際に相手から伝えられる内容は、採用の判断を下す上で重要な情報です。
しかし、それらの伝えられる情報が事実ではないことがあります。
なぜなら、応募者はこれらの情報を自分の意思で自由に伝えることができるためです。
もちろん身分や経歴の詐称は行うべきではありませんが、「どうしても採用されたい」「少しくらい偽ってもバレないだろう」といった考えから、事実ではない情報を伝える応募者も、なかにはいます。
実際に、資格や経歴に関する詐称をおこなったことが後に発覚して、採用の内定が取り消された事例もあります。
また、このように応募者から得た情報の真偽を確認する他にも、書類や面接から入手しきれない情報を新たに得る目的で、前職調査を行う場合があります。
たとえば、実績や経歴に申し分がなくても、職務怠慢や遅刻・欠勤を繰り返していたり、人間関係のトラブルを起こすなど、その人物の属性を書類や面接のみで見抜くことは難しいでしょう。
前職調査を行うことによって、素行に問題のある人物でないかどうかを見極めることができます。
前職調査に違法性はあるのか
前職調査を行う目的や必要性を確認できました。
ここで考慮しなくてはならないのが、「前職調査の違法性」です。
「個人情報を調べるのは違法」と考えられている方が多くいられます。
しかし、個人情報の調査を行うこと自体は、基本的に違法ではありません。
法令にも「個人情報の調査を行うことは違法である」という旨の条文は存在しません。
ただし、問題となるのは、その「調査方法」や取得した「情報の取り扱い」についてです。
たとえば、情報を調べるにあたって、盗撮や不法侵入をすれば違法行為です。
また、尾行がバレているにもかかわらず執拗に付け回す、強引で迷惑となる取材を行なうなどは、迷惑行為であるとみなされます。
調査で得た情報を本人の同意なく勝手に公開をすれば、プライバシー権の侵害に該当しますし、その情報公開が個人の名誉を損なうものであった場合には、名誉毀損にあたります。
個人情報調査を行うこと自体は違法ではありませんが、その調査方法や情報を扱う過程で、法律に抵触するおそれがあります。
前職調査を行なうタイミングは
高い信頼性が求められる専門職や、管理職、お金を取り扱う職種などは、特に前職調査が重要になります。
前職での経験や実績はもちろん、人間性も重視されるため、当然これらの経歴に偽りや確認不足が生じてはいけません。
そんな重要な前職調査ですが、調査を済ませるまでには、早くて数日、長ければ1ヵ月程度の時間を要します。
ここからは、前職調査にかかる所要日数を踏まえた上で、調査を行うタイミングをそれぞれ確認していきましょう。
採用前調査のケース
前職調査は、採用・不採用の判断を下すためにおこなわれます。
応募者から伝えられた情報の裏付けや前職での素行調査をおこない、採用の判断に役立てます。
そのような前職調査ですが、いずれの目的であっても、採用前に調査を行うのが一般的です。
その理由は、採用前であれば、調査の結果から合否の判断をおこなっても、問題になりにくいためです。
採用をする前であれば、その時点では雇用者と応募者の間には、労働契約などの法的な関係は生じていません。
そのため、調査の結果から不採用の判断を下しても問題にはなりません。
また、不採用の理由を応募者に伝える法的な定め等もないため、「前職調査をおこなった結果」という旨が相手に伝わることはなく、この点も問題になりにくい理由です。
特別な理由がない場合には、前職調査は採用前に行われるのが一般的です。
採用後調査のケース
一方で、採用後の調査はあまり推奨されていません。
なぜなら、採用内定を出した後に、雇用者側から一方的に内定取り消しをおこなってしまうと、法的責任に問われる可能性があるためです。
雇用者と応募者は、採用内定の通知がされた時点から労働契約が成立します。
そのため、労働契約が成立している採用後に前職調査をおこない、調査の結果によって採用を一方的に取り消してしまうと、不当解雇に当たります。
最悪の場合には、労働契約法違反を理由に、応募者から訴えを起こされてしまう可能性もあります。
こういった理由から、前職調査は採用前に行うのが一般的となっていますが、一部例外があります。
それは、応募者が経歴詐称をしたり、前職で重大な不正をおこなっている疑いが、採用後に発生した場合です。
たとえば、本来は所持していない資格を持っていると虚偽していたり、前職で横領や背任といった法律に触れるようなことをしていた疑いが生じた場合、見過ごすことはできないでしょう。
応募者がこれらの事実の詐称や隠蔽を図っていた場合、すぐにその事実を見抜くことは難しいかもしれません。
こういったやむを得ない事情から、採用後に前職調査を行うケースがあります。
前職調査で内定取り消しは可能?
前職調査をおこなった結果から、一度出した内定を取り消すことは可能でしょうか?
結論としては、「合理的な理由がある場合に限り取り消しが可能」です。
前提として、内定取り消しは基本的には認められていません。
先にも述べたように、内定を通知した時点で、雇用者と応募者には労働契約が成立しているためです。
実際の場面を想定しても、一度受けていた内定を、突然一方的に取り消されてしまうと、応募者は多大な不利益を被ることになります。
しかし、労働契約法第16条には、「合理的な理由がない場合に解雇をおこなった場合その解雇は無効とする」と定められています。
本条文は裏を返せば、「合理的な理由がある場合の解雇は有効」ということになります。
この「合理的な理由」にあたる代表的なものは、応募者の経歴詐称です。
応募している職務に関連する経歴と実績があるから採用をしたのに、その情報が偽りであったという場合には、「合理的な理由」であるとみなされます。
そのような経歴や実績がなければ、企業は採用をしなかったかもしれませんし、そもそも詐称を行う人間性をもつ人物を採用したくないと考えるのは当然です。
特に、選考の際に「大卒以上」、「資格を有していること」、「経験者であること」などの特別な要件を設けて募集をおこなっているにもかかわらず、応募者がこれらの要件についての詐称を行っていた場合には、内定取り消しは有効と認められる可能性が高いです。
たとえば、「FP資格を所持している方のみ」という応募要件が定められているものに、資格を持っていると詐称して応募し、採用内定が出されていた場合には、内定取り消しは有効となるでしょう。
原則的に内定取り消しは認められていませんが、特別な理由がある場合に限り取り消すことができます。
前職調査を行う方法
ここまで、前職調査の内容について確認してきました。
前職調査は、採用活動をする上で非常に有用です。
調査を行うことによって、自社に適合する人材を採用できる可能性は高まります。
そこで、ここでは実際に調査をする場合の方法をご紹介していきます。
自社で調査を行う
まずは、採用活動を行う会社が、そのまま自社で前職調査を担うパターンです。
当然ですが、外部の調査会社へ依頼をすると、費用が発生します。
特に、採用予定人数が多ければ、その分だけ調査対象の人数が増えることで、費用はかさみます。
この調査を自社で行うことができれば、コストを大幅に抑えることができるでしょう。
実際の方法としては、前職へ電話調査や聞きこみを行うことによって、仕事の実績や勤務態度等を確認するといったものがあります。
また、医者や弁護士などの特定分野の業界であれば、その関係者や取引先などから評判を聴取することもできるでしょう。
他にも、ウェブ検索やSNSのチェックなどを行うことで、情報を入手できるかもしれません。
FacebookやTwitter(現X)にて、仕事の内容を発信している方も多く、投稿の内容からはその人となりを知ることもできます。
このように、自社で前職調査を行うことは可能ですが、いくつかのデメリットもあります。
それは、「十分な調査ができない可能性」と「調査が違法になってしまう可能性」が生じてしまうことです。
一般企業が自社で調査を行う場合であれば、その調査方法は限られたものになります。
上記に挙げたような聞き込みやSNSでの調査などからは、十分に情報が得られない可能性もあります。
また、個人情報を調べること自体は違法ではありませんが、その方法を誤ってしまうと、法律に触れてしまうおそれがあります。
専門外の分野での法律知識も必要となるため、この点は特に留意が必要です。
もし違法な調査をおこない問題となれば、会社自体の悪評が世間に広まってしまう可能性があり、大きなリスクを伴うことになります。
コストを抑えることができる反面、このようなリスクがあることは軽視できません。
調査会社へ依頼する
次に考えられる方法が、専門の調査会社への依頼です。
採用活動を行う企業が、調査を専門としている外部の機関へ依頼をして、前職調査をおこないます。
調査を専門とする機関には、主に探偵や興信所などがあります。
探偵や興信所は、調査を専門とするプロです。
そのため、採用活動を行う企業が自社で調査を行う場合と比較して、より詳細で確実な情報を得られる可能性は高くなります。
また、調査業の届出を出した業者に定められた『探偵業法』という法律があり、その法律に則った業務を遂行することで、一般人には難しいとされるような調査方法であっても、専門の調査会社であれば行うことが可能となります。
そのため、調査方法が違法となるリスクも回避できますし、もし万が一、調査方法が問題になった場合であっても、調査をおこなった調査会社が責任を問われることになるため、依頼をした会社が法的責任を負うことはありません。
このように、調査会社へ依頼をすれば、多くの情報を得られる可能性が高くなり、リスクも回避することができます。
しかし、その一方で「費用がかかる」というデメリットがあります。
実際にかかる費用は内容によって異なりますが、1人あたり安くても数万円、高ければ数十万円になってしまうケースもあります。
もし複数人の採用を行う際に、ひとりひとりの調査を依頼すれば、多額のコストが生じるのは負担が大きいと考えるかもしれません。
その場合に、このコストを削減するため、「調査対象者を絞る」といった方法があります。
応募者全員の調査を依頼するのではなく、有力な応募者のみに絞り調査を依頼するという方法です。
また、自社で調査をおこない、十分な情報を得られなかった応募者のみを調査依頼するといった方法もあります。
調査会社へ依頼をすれば、費用はかかってしまいますが、自社に適合する応募者をより正確に見極め、ミスマッチも回避することができます。
将来への利益を考慮すれば、調査会社へ依頼をするのもひとつの手段です。
内定を取り消した事例
ここでは、企業が前職調査を行ない、内定を取り消した事例を紹介します。
※なお守秘義務に反しないよう、内容の一部に改変を加えております。
依頼者 | 大手金融系企業A社の人事担当者 |
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対象者 | 採用候補者Bさん |
依頼内容 | 即戦力として期待している人材のため念入りに調査を希望 |
調査内容 | 経歴の裏付け・素行・人物調査 |
調査期間 | 10日間 |
依頼者は大手金融系企業Aです。お金に関わる業種ということもあり、特に中途採用者に関しての採用時の調査は怠りません。
今回、即戦力として内定していたBさんでしたが、自社調査の結果、業界関係者からのネガティブ情報の提供があり、普段よりも念入りに調査を希望しました。
まず、弊社で再度経歴の裏付け調査を行なったところ、学歴に詐称がありました。
Bさんは申告していた大学を卒業していなかったのです。ただし、入学の事実は確認ができ、それ以降の詐称は見つからず経歴の調査は終了しました。
続いて、前職での評判や勤務態度、素行面を調査した結果、採用を見送ることを検討すべき疑惑が浮上しました。
Bさんは前職企業に在籍時、秘密裏に立ち上げた個人会社を経由して、顧客や人材の流出を行なった疑惑が浮上し退職していたのです。
それこそが業界関係者からのネガティブ情報の真相であり、依頼者企業Aが最も懸念する部分でした。
その後の調査で、Bさんの交友関係にも問題を発見したA社は、代理人を通じてBと協議を行い、その結果穏便に内定取り消しとなりました。
入念な調査の結果、協議する材料がそろっていたことが功を奏した事案でした。
まとめ
この記事では、前職調査についての内容を解説しました。
前職調査には、方法を誤れば違法となるなど、いくつかの注意点がありました。
しかし、前職調査を行うことによって、有力な応募者を見極めることができ、入社後のミスマッチやトラブルを回避することができます。
自社に適合する有力な人材を獲得するために、採用活動において前職調査は非常に有益です。
採用者の前職調査に関してお悩みの経営者・人事担当者の方にこの記事で紹介した内容が参考になれば幸いです。