同記事では県議会議員選挙での怪文書事件を、実際に対応した探偵が内容を解説します。
※守秘義務に反しない限度で内容を改変しています。
目次
相談内容
県議会議員選挙時に撒かれた怪文書の犯人を突き止め、やめさせてほしい
怪文書事件のいきさつ
※依頼人等が特定されないよう一部名前などを改変しています。
依頼人の佐藤氏は建設会社を経営している40代の男性です。
20代のころから金子幸三という県議会議員の青年部に所属し、演説会場の設営や選挙カーの運転などさまざまな選挙活動を経験しています。
しかしこのたび、金子幸三議員の引退に伴って議員になった息子の信之氏の青年部を辞めて、別の候補者である太田理恵候補を応援することにしました。
佐藤氏の奥様と太田候補はもともとママ友で、そのつながりで家族ぐるみのつき合いがあったことがきっかけです。
子育て世代の代表としてパパやママの声を議会に反映させたいという主張にも共感しました。
また以前から信之氏とは縁を切りたいと思っていたことも理由のひとつです。
信之氏は父親の地盤をそっくり受け継ぎ、ほとんど苦労することもなく前回の選挙で初当選を果たしています。
大学を卒業しても就職せず遊び呆けていましたが、それを見かねた父親が自分の秘書として採用することに。
ただ秘書というのは肩書だけで、父親の政治活動に関わることもなく生活態度が改まることはありませんでした。
前回の選挙は親の威光で当選できたものの、議員になってからは議会にほとんど出席せず、挙句の果てには視察と称して遊びに行く始末。
地元の有権者に耳を傾ける機会を設けることもなく、応援してくれる人への感謝の気持ちも感じられず、県の職員には横柄な態度で接し、非常に評判の悪い議員でした。
事件が起こったのは告示の5日前です。マンションが立ち並ぶ新興住宅街に太田候補と佐藤氏を中傷する怪文書が投函されました。
怪文書には以下のような内容が書かれています。
- 太田候補と佐藤氏は、不倫関係にある
(怪文書にはホテルに入る男女の写真が載せられていたが、遠くから撮影した写真であるためこの二人が佐藤氏と太田候補かの判別はできない) - 太田候補が当選したあかつきには、県に口利きをして佐藤氏の会社に公共工事を受注させるとの密約ができている
- 佐藤氏は相撲部屋や芸能人のタニマチなど事業に関係ないことばかりして遊んでいるため事業は傾いている
- 佐藤氏の会社の労働環境はブラックで、サービス残業をはじめとする労働基準法違反も横行している
内容は全て根も葉もないデタラメで、これまで佐藤さんは法律に触れる行為は一切していませんし、誰かのタニマチをしたこともありません。
また社員を家族のように大切に考えて福利厚生を充実させてきており、従業員の定着率は地元でも評判です。
最初はただのいたずらだろうと真剣に取り合うこともありませんでしたが、翌日以降も毎日異なるマンションに怪文書が撒かれていました。
怪文書の噂はまたたく間に広がり、太田候補や応援するスタッフにも動揺が広がっています。
警察や県の選挙管理委員会にも訴えましたが、選挙が終わるまでは余程のことがなければ選挙妨害となる可能性をふまえて、これらの組織が何らかの行動をとることはまずありません。
一刻も早く手を打たないと取り返しのつかないことになると感じた佐藤氏から弊社が相談を受け、調査を開始する運びとなりました。
解決までの経過
候補者の中傷も含まれているため怪文書を撒いているのは、立候補者のどこかの陣営であることは疑いありません。
そこで佐藤氏、太田候補の選挙参謀とで状況を検討したところ、浮上してきたのが候補者のひとり、金子信之候補の陣営でした。
今回の選挙では定員3名に対し4人が立候補しています。
以前に行った有権者への事前調査では太田候補が3位、金子候補が4位という結果でしたが差はわずかでした。
選挙期間中に順位を逆転することは充分可能ですので、怪文書で太田候補にダメージを与えて票を減らそうと考えてもおかしくありません。
つぎに金子陣営で怪文書を指揮していると思われる人物の特定を行いました。
選挙法で認められていない怪文書を撒くなどの違法行為は、選挙を長年経験してきたベテランでなければ思いついたり実行を指示したりはできません。
金子陣営の幹部の中から該当しそうな人物を検討したところ、3名の人物が浮上しました。
そこでそれぞれの人物をマークするため、選挙事務所周辺の張り込みを開始。
そのうちの一人、信之氏の選挙参謀の横山氏が夜9時すぎに選挙事務所を出た後、車で10分ほど離れたビル1階の事務所らしき部屋に入っていきました。
横山氏は信之氏の父親である幸三氏の時から選挙に携わっている超ベテランです。
長年の経験から、この場所が怪文書散布の拠点ではないかと調査員は直感的に感じましたが、確証が得られなかったので道を尋ねるふりをして中に入ってみました。
中には横山氏と20代ぐらいの若い男性3人がおり、印刷物を作成している最中で既に刷り上がった大量の紙の束も確認できます。
調査員の姿を認めるとすぐに横山氏は横柄な態度で事務所内から追い出しましたが、この際横山氏の動揺した表情を調査員は見逃しませんでした。
この印刷物が怪文書に間違いないと調査員は確信。
さらにこれまで文書が発見されたのはいずれも朝ですので深夜に撒かれたことが想定されます。
この後にも怪文書散布が行われる可能性が高いと調査員は判断し、次の行動に備えてそのまま付近で張り込みを継続しました。
あとで判明したのですが、この事務所はいわゆる裏選対の拠点であったようです。
裏選対とは本体の選挙部隊から離れて買収や違法文書の散布など公職選挙法で禁止されている行為を行う組織です。
本来選挙中に選挙事務所は1つしか設置できません。
事務所前には「〇〇選挙事務所」という看板を設置しなければなりませんが、この事務所には法律上掲示しなければならない看板もありませんでした。
それから3時間ほど張り込んだ深夜0時ごろ、先ほどの事務所から3名が1台の車ででかけていくのを確認し、そのまま車で尾行しました。
到着したのはこれまで怪文書が撒かれた所とは別の新興住宅街にあるマンションです。
車から3人が降りて周辺のマンションの集合ポストへと散り、怪文書と思われる紙を投函し始めました。
彼らが投函した文書を回収し確認すると、まさに太田候補と佐藤氏を中傷する怪文書でした。
文書を投函する様子は既に別の調査員が撮影することに成功しています。
この後、彼らは他のマンションを合計10か所廻り怪文書を投函していきました。
この日はすべてのマンションで犯行の模様を撮影するとともに文書の回収に成功。
また撒いていた3人の家もその後の尾行により確認できましたので、調査員が翌日このうちの1人にコンタクトをとることにしました。
回収した怪文書と投函している映像を見せて問いただしたところ、その人物の顔から血の気が引くのが感じられました。
その後、観念した本人の同意のもと近くのカフェで事情を聴くことに。
彼は某県のキャンパスに通う大学生で、怪文書を撒く1カ月ほど前にサークルの友達から選挙活動を手伝ってほしいという誘いを受けたそうです。
初めて裏選対事務所に連れてこられたのは10日前で、そこで初めて横山氏と会いました。
横山氏からは文書を印刷して配るだけの簡単な仕事であること、この仕事を絶対に口外してはならないなどの説明を受けたとのことです。なにやら怪しいと感じはしましたが、高時給に惹かれ活動を手伝ったことを後悔していました。
こうして調査員は怪文書散布の裏をとることができました。
通常であれば、警察や選挙管理委員会に訴えるのが筋だといえますが、すぐに対応してくれて問題が解決することは望めません。
投票日まで時間が無いこともあり、弊社と提携している弁護士とともに調査員が、直接横山氏と話し合いをすることになりました。
単刀直入に怪文書の件を尋ねたところ、横山氏は自らのかかわりを否定しましたが、回収した怪文書やその文書を撒いている映像、裏選対事務所の存在やそこに横山氏が出入りした映像などを突きつけると、押し黙ってしまいました。
そこで弁護士は横山氏に対し次のような提案及び警告をしました。
- 二度とこのような怪文書を撒かない
- 次に怪文書がまかれた場合には、これまで集めたすべての証拠をもとに警察に告発する
横山氏との交渉以降も事務所の張り込みは続けましたが、これまでとは異なり選挙事務所付近で見つからないような張り込みは行いません。
わざとこちらが張り込んでいることを横山氏にわからせるように行い、監視していることを示すことで行動をけん制しようと考えました。
その効果があったのか、それ以降横山氏が裏選対の事務所に寄ることはありません。
あわせて裏選対があるビル付近の張り込みも継続しましたが、張り込んでいた調査員からは横山氏と交渉して以降、出入りする人物はいないとの報告もありました。
以降怪文書が投函されることはなくなりました。
怪文書事件のその後
これまでの調査のいきさつと集めた証拠のすべてを調査員から太田候補に報告しました。
同席した弁護士からは怪文書の件について県政記者クラブで会見を開くべきと提案しましたが、太田候補は公にすることを避け会見を行いませんでした。
一方選挙スタッフの不安を解消することは必要だと考え、スタッフの前で候補者と弁護士から怪文書についての説明を行いました。
この説明を聞いたスタッフは落ち着きを取り戻し、逆にスタッフ同士の団結力が高まる結果となりました。
選挙戦が終わり、太田氏は3位に入り見事初当選。
一方信之氏は4位になり落選してしまいました。
現在、太田議員は子育て世代の代表として県議会で活躍しており、佐藤氏はこれからも支援していくと語っていました。